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もひょもひょしたブログ

タイトルから察してあげてください

Twitter を一週間くらいやらなかった結果わかったこと

ブログ SNS

 思い付きで Twitter をやらない*1 期間を作りました。

 

 それで、Twitter を一週間くらい*2 やらなかった結果として、まずなによりも大きかったと感じたのはまともに進捗を出せたということです。今回の結果としてはこれに尽きます。これまで Twitter に費やしていた時間が無駄だったとは言い切れない(言い切りたくない)のですが、しかし作業進捗という観点においては無駄だったと言うほかないでしょう。世には Twitter でヘビーにツイートをしながらも圧倒的な進捗率を誇る超越した人類が、多少、いやそこそこ、それなりにいることはいるようですが、僕のような意志の弱いぽひょぽひょとした人間には難しいみたいです。勉強しながらテレビを見るとか、会話をしながら本を読むとか、そういう類の事が出来るようになるには、どうやらかなり強い精神力が必要なようです。

人恋しさ

 この期間中、Twitter 欲を抑え続けるのはなかなかに厳しいものがありました。今、僕は絶賛長期休暇中でして、ほとんど全く家から出ないという優雅な NEETful ライフを送っている現状であり、まあ楽しいことは楽しいのですが、唐突に人恋しさが襲ってくるのです。こいつに打ち勝つのはとても難儀しました。自宅警備員の人ってその辺どうしているのでしょう。そもそも強靭な精神が無いとなることすら許されない、選ばれし称号とかなんとかなんでしょうか。ああ、でもよく考えたら自宅警備隊なる組織もあるようですし、そもそも人と会ってはならないなんて規則は無いんですね……。まあなんにせよ人恋しかったわけです。松尾芭蕉的に言えば「秋深き 隣は何を する人ぞ」です。春ですが。隣にいるであろう人は、インターネットの向こう側にいるであろう人です。インターネット上のコンテンツの向こう側にいる、彼、あるいは彼女が、僕にはどんな人かまったく想像できないけれど、微かに人の営みを感じて恋しくなってしまったわけです。

 さっきも言ったように、僕は用が無いなら(たとえ用があっても)できるだけ家から出たくない星のもとに生まれてきた種族なので、家から出ずに確かな「人」とコミュニケートできるツールというのは、心の平穏を保つ上で結構重要なのです。良い時代に生まれました。それからインターネットに触れられて良かったなあとしみじみ思います。インターネットに興味をもっていなければ、今頃暇を持て余した僕は図書館を家だと思って住み着いていたことでしょう。そっちの方が平均的な人間としてはまだ良かったような気もしますが、過ぎたことなので今が一番だと思うことにします。話が吹っ飛んでしまいました。

 強引ですがまとめます。

 今回言いたかったこと

 ほどほどにツイ禁すると進捗出るよ。でも人恋しくなるからほどほどが良いよ。あと、ツイ禁すると発作的にしょーもない文章を書きたくなるよ。でも面白いから、ツイ禁とか関係なくみんなもノリノリで文章書いて公開して、ハートフルでブラックな歴史を量産していこうね。そんな感じ。

 

*1:ぶっちゃけメンションとかは結構見てましたごめんなさい

*2:実際は五日くらい