もひょもひょしたブログ

タイトルから察してあげてください

誰が悪いとか、何が悪いとかではなくて

「誰が悪い、何が悪い」は多くの人が言えることだ。しかし、じゃあ「どうすれば良いか」を議論できる人がどれほどいるだろう。


情報化が進んだ現在(これはもう接頭辞みたいなものだ)、様々な媒体で、様々な人の、様々な意見を目にする。何かに対する批判なんてそこら中に転がっている。友人だとか、上司だとか家族だとか、そういった身近な人に対する意見。政治だとか社会だとか、あるいは目に見えない何かに対する批判。耳をすませば聞こえてくるし、すまさなくても聞こえてくる。

けれども、そこから発展しない。

肩にへばりつくストレスや、抑えようのルサンチマンの行き場を求め、どこか人目につく場所でだばだばと吐き出したいだけなのならば、それでも良いだろう。しかし、それだけでは人を前に進ませる原動力にはなりにくい。

僕は前に進む人を尊いと思う。前を向いていなくたって、下ばかり見ていたって、よそ見をしていたって、前に進んでさえいれば上出来だ。だから、前に進むことのできない意見というのは、物足りなく感じる。

ふと、ネット上の書き込みを見て時折考えることを短く書いてみた。別に、「問題を批判するならば解決策を示せ」と言いたいわけではなくて、ただなんだろう、批判の中にひとつでもふたつでも、誰かが意識をして、未来への道筋を考えて書き込んでくれれば良いなと思っただけだ。
こうやって当たり前の倫理観を再確認することは、案外重要なんじゃないだろうか。

なんて、見えない何かに対する批判のような文章を書いてしまった。解決策なんてなにも示せていない。きっと同じような文章は、それこそ世界中のどこにでも埋まっているだろう。自己満足ではあるけれども、少しでも他の誰かが同じような事を思い、ほんの僅か前に進む足がかりになれば嬉しいな、と。