もひょもひょしたブログ

タイトルから察してあげてください

じゃがりこを食べすぎてじゃがりこと同化した人間の話

 

 

1. 僕はじゃがりこが好きだ

 僕はじゃがりこが好きだ。この上なく好きだ。箱ごと買い込んで大量に山積みにして、毎日欠かさず食べるくらい好きだ。

 

三食全部にじゃがりこを混ぜるくらいの事は普通にしている。例えば、僕のお気に入り料理の一つにじゃがりこサラダがある。サラダ味のじゃがりこではない。じゃがりこと野菜を混ぜ込んだものを、僕はじゃがりこサラダと呼んでいるのだ。じゃがりこの絶妙な塩加減が、野菜本来の風味と相まって、不思議な幸福を僕の舌にもたらしてくれる。ああ、思い出すだけでよだれが出てしまった。口が寂しいな。じゃがりこでも食べて落ち着こう。

 とは言え、三食全部じゃがりこのみというのは僕でも流石に無理だ。三食全部じゃがりこが無理だというのは、三食じゃがりこだけでは飽きるからということではない。むしろ生命維持に必要な養分の補給がじゃがりこのみでできるならば、死ぬまで口にするものはじゃがりこだけで良い。飲み物はもちろん、じゃがりこを溶かしたものでお願いしたい。それほどに、僕はじゃがりこが好きなのだ。じゃがりこに恋焦がれていると言っても過言ではない。できるならば、いっそじゃがりこになってしまいたい。

 

2. 朝起きると、僕はじゃがりこになっていた

 ある朝、僕が気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で一本の巨大なじゃがりこに変わってしまっているのに気づいた。視線――なぜだか僕には視覚があった――を下げると、少し反り返ったざらざらとした全身が見えた。身体と表現して良いのかは些か疑問だが、黄色がかった僕の「身体」の表面には、赤や緑の痣がぽつぽつと見えた。いつの間に蹴っ飛ばしていたのか、かけぶとんがベッドの横に落ちていた。

 ……なんて、フランツ・カフカの「変身」のように状況を解説しようと試みたものの、一向に理解ができなかった。わかるのは、自分がじゃがりこのような何かになってしまったということと、おそらくサラダ味であろうということだけだった。時計を見ようとしたが、残念なことに自分の向いているのは時計の無い方の壁らしかった。聴覚は無いのか、時計の秒針の音すら聞こえなかった。時間が分からないことを悟った途端、急に自分が宙に浮いているような錯覚にとらわれた。すぐにその奇妙で気持ちの悪い感覚は収まったが、今どこにいるのかを思い出すのに時間がかかってしまった。もしかしたら時間がかかったように感じているだけで、本当はほんの一瞬だったかもしれないが、壁掛け時計を見ることができず、腹時計すら存在しない僕にそれを知る術はもはや無かった。じっと何もない壁を見つめていると、少しくすんだ白い壁が少しずつ僕の前と後ろから迫ってくるような感覚にとらわれた。壁から目をそらし床を見ると、くしゃくしゃになったかけぶとんが妙に悲しげに見えて、なんだか堪えられなく感じられた。僕は視覚を遮断し、ひたすらに夢から覚めることを祈った。

 

3. どうやら、僕は寝てしまっていたらしい

 僕が目を覚ますと、自分の身体が動かせないことに気付いた。金縛りという感覚は初めてだが、身体より先に脳だけが覚醒している状態なのだろう。そんなふわりとした意識の中で、浮かび上がってくる記憶は、自分がじゃがりこになってしまったというものだった。馬鹿な夢を見たものだ。そして、これはきっと馬鹿な夢の続きで、明晰夢というやつなのだろう。だんだんとはっきりしていく僕の意識が理解できたのは、自分がじゃがりこのようになっているということだった。

 意識がはっきりしている夢というのは珍しいが、無いわけではないだろう。僕はその珍しい事案に、偶然、なにかの拍子にぶつかってしまっただけであり、ここはただの現実味にあふれるだけの夢でしかないのだ。ただの、というのは少し違うかもしれない。珍しい夢ならば、それなりのものとして表現してあげた方が適切に決まっている。でないと、夢が拗ねてしまって早く起きられなくなってしまうかもしれない。授業には毎日休まずに出席しているから、多少遅刻しても問題は無いのかもしれないが、一度もしないに越したことはないだろうし、それに遅刻の罪悪感はなかなかに大きい。そうだ、これはレアリティとリアリティにあふれる夢というのはどうだろう。シャレっぽくて僕は好きだ。それに、どうせこの夢から覚めればこの思考も無くしてしまうのだ。夢の中で起きることは、普段思えば明らかにおかしなもので正解なんだから、こんなもので良い。夢の中でなら、正常な回路によってはどう頑張っても生み出せないようなものが、ほんのほころびで生まれてしまう。僕はそのほころびの中に漂っていて、少しばかり強く沈み込んでしまっただけなんだ。

 

4. 覚めない夢の中

 いつだって夢は理不尽だ。しかし、その理不尽さは意識が朦朧とした中だからこそ許されるわけで、意識が大きい中での理不尽さはやがて苦痛になる。僕は夢の中であるにも関わらず、明瞭に、自分がじゃがりこのようになっていることと全く動けない状態にあることを理解していた。一切動けず部屋を見渡す僕は、ベッドを守るかかしのような心持ちで発狂しそうな苦しさに耐えていた。感覚は視覚しかないのに、肺が詰まるような、身体が押しつぶされるような痛みを確かに感じた。

 やがて、これが夢ではないのかもしれないという恐ろしい想像が、僕の首に鎌を向けてきた。大体おかしいのだ。これだけ時間が経っても覚めない夢が、あるわけないだろう。現実であると認識すると同時に、無いはずの腹の奥が、熱を持つように感じた。熱は身体全身に広がり、僕はインフルエンザになった時のような気怠さに包み込まれた。意識が熱に食われていくようだった。だんだんと薄れていく意識の中で、僕は「チーズ味のじゃがりこを食べたい」と、ふと思った。