もひょもひょしたブログ

タイトルから察してあげてください

流れ変わったな~変人と僕と少年の話~

最近、他の人のユーザー名を店頭の試用品等に書いて宣伝する行為が、一部の変人に流行っているようです。

本当にクソリプが飛んできたらどうするんだこのやろー!!!

Fu*k you!!!! (Linus ボイス)

もしこれで無垢な少年が「ジッキーを見てフォローしました!」などとリプライを送ってきたらどうするんですか!!!そこからその少年との交流が始まったらどうするんですか!!なぜか波長が合って、段々仲良くなっていったらどうするんですか!!ちなみにジッキーってのは株式会社パイロットコーポレーションが出してる磁気式メモボードのことです!!上の画像のやつです!!ステマではないです!!

やがて僕と少年は個人的にチャットでやりとりするほどの仲になるんですよ。僕の話なんて、どこにでもあるような平々凡々とした大学生の、くだらない日常のそれなのに、いつも少年は楽しそうに話を聞いてくれて僕もまた少年の話を楽しく聞くんです。少年の話は面白かった本やゲームの話、見たテレビの話などで、僕は少年のことをインドア趣味な子だななんて思っているわけです。多分少年は僕のことを、普通の人だななんて思っているのでしょう。

1.

 眠くなりそうな授業を受けて、コンビニで弁当を買って、家に帰ってそれを食べて、課題があったら課題をやって、飽きたら布団に入って、ネットサーフィンをしたり SNS でのゆるいコミュニケーションに興じたりする。そして、たまの休日には友人とでかけたりする。そんな日々を、僕は怠惰とも勤勉とも、活気的とも消極的とも言えないような心もちで送っていました。部屋は、普通に普通な大学生の部屋だと僕自身思っていました。授業に使う道具類が床に散らばっていて、こじんまりとした机の上には食べかけのポテトチップスの袋があり、布団は出しっぱなしで、その周りにはノートパソコンや飲み物などが置いてありました。なんとか表現しようとしましたが、結局のところなんの特徴も無い部屋です。テレビはありません。いつの頃からか、確か高校一年の冬頃からほとんど見なくなっていました。情報は全てネットから手に入るし、バラエティ番組のわざとらしさには辟易としていたし、旅番組などに面白さを感じられるほど人生経験を積んでいなかったから、徐々にテレビに対する意識が薄れていたのです。だからそのまま大学生になり、東京の一角にこの部屋を借りて一人暮らしを始めるとき、テレビは買いませんでした。そういうわけで、テレビに関しては少年の話が唯一の情報源でした。

 僕は少年の話を、心底楽しみにしていました。少年の話になると、今までつまらないと思っていたバラエティ番組の内容ですら、不思議と面白く感じられたのです。直接テレビ番組を見ても得られない興奮が、少年の中で膨れ上がって、僕の心を震わしたのです。あたかも魔法のようでした。少年には表現する才能があったのでしょう。僕はそれについて少年に話しました。少年は嬉しそうにしていました。

 気づいた時には、少年との関係は半年を超えていました。

2.

 ついつい「話す」や「聞く」などと言ってしまうのですが、実際のところ、僕と少年は本当の意味で「話し」たり、お互いの言葉を「聞い」たりしたわけではありません。僕と少年のコミュニケーションは文章が全てでした。毎晩、寝る前に数十分から一時間ほど、僕と少年は文字を弾ませました。電話などはもちろんあるのですが、なんだか気恥ずかしいし、それに僕は話すよりも文を書く方が好きだったのです。おそらく少年もそうだったように思います。それくらいの予想ができるくらいには、この半年で僕と少年は心を通わせあっていました。僕はすっかり少年に気を許していました。しかし、お互いにお互いの名前は知りませんでした。お互いの事を認識しあうには、お互いのハンドルネームと、文章の雰囲気だけで十分でしたし、本名だとか、あるいは僕の身体・肉体そのものが無粋に思えたのです。お互いに知っている個人情報は、お互いの住んでいる地域と、年齢、強いてあげればあとは家族関係くらいのものでした。それでも僕は、少年のことを本当の弟のように感じていました。なぜ弟かと言えば、僕に兄弟がいなかったゆえの憧れがあったということからでしょう。ただ、それをおいても、僕と少年とを隔てる壁が、肉親とのそれと何ら変わらない薄さになっていたことは確かでしょう。

 実に不思議な関係でした。物理的な距離は何百キロメートルも離れているのに、いつの間にか僕の心のもっとも近くに、少年はいたのです。とはいえ、インターネットが普及した時代ですから、こういった関係はさほど珍しいわけではないのでしょう。不思議な関係が、あちらこちらに存在している時代なのです。それも、いずれは不思議なことですらなくなるのでしょう。技術の歩みは、光すら驚きそうな速さで進んでいるのです。

3.

 僕はコンビニでバイトを始めました。少年と会うためです。京都までポンポン行ける余裕なんて僕にはなかったし、それに大学生活で一度くらいはバイトをしておきたかったから、ちょうど良かったのです。少年とは前々から、いつか会ってみたいという旨の話はしていました。いつか会って、そのうえでチャットで会話するのだと。僕たちの関係はそういうものでした。少なくとも、僕の理解としては「そういう関係」であったのです。少年が、実際に会った時はチャットで会話しようと言ったのも、そういった関係を象徴するものだとしか僕は思わなかったのです。

 バイトを始めることを少年に話したとき、理由を聞かれました。僕は少し焦りましたが、欲しいものがあるからだよと答えました。少年には内緒でこっそりお金を貯めて、唐突に訪問してみたかったのです。僕はサプライズにあこがれを持つお年頃でした。まさか少年も、僕の欲しいものが少年の驚く顔だとか喜ぶ顔だとは思ってもみなかったでしょう。少年はふうんと言って、バイト先の話を聞きたがりました。僕はその日にやってしまった失敗や、面白い客の話、他の店員の愚痴などを取り留めもなく話しました。

4.

 ある日、少年から手術の話を聞かされました。少年は僕と出会った日の翌日からずっと(正確には一時期退院していた時期もあったようですが)入院していたというのです。その話を聞いた後の僕の心は、大好きだった祖母の訃報を聞いたとき以来の苦しい興奮でもって、僕にはわからない何かの感情で埋め尽くされました。あまりに唐突すぎて、自分の頬をつねるという行為をしてしまいました。人は理解の限界を超えたとき、その状況に適していると自身が考えている行動をほとんど無意識のうちにしてしまうのでしょう。どうやら僕には、夢であってほしい事実に出会ったときは頬をつねるものだという理解があったに違いありません。

 少年の話をまとめます。少年は喉頭がんを患っていて、半年前それが発覚した時にはすでにステージⅢでした。その治療のために、少年は喉頭摘出手術を行うことになりました。僕と少年が出会った日、少年は入院前の準備として、必要なものや暇つぶしをするためのゲームや本を、数年前にできた複合商業施設へと買いに来ていたそうです。喉頭摘出手術をすると声帯を失い、しゃべれなくなります。そこで、筆談に便利なものを探していたところ見つけたのが、ジッキーという名の磁気式メモボードでした。そのボードには僕のユーザー名と「フォローしてね」の文字が、誰かのいたずらで書いてありました。少年はそれを見て運命を感じ、勢いで僕をフォローしてメッセージを送ったというのです。それが僕と少年の出会いの真相でした。僕にはステージⅢのガンというのがどの程度のものかわかりませんでしたが、なんとなく不吉な感じは理解しました。言葉とは不思議なもので、ときに雰囲気だけでその本質を表現してしまうのです。僕は少年の言葉の雰囲気を頼りに、少年の置かれた状況を想像しながら話を飲み込もうとしていました。すると、口調は軽い少年の文章が、大きな質量をもって僕の肺に重くのしかかりました。少年の文を追う両目が、熱をもって今にも破裂しそうな気持ちがしました。

 少年の手術は幸運にも無事に終わり、しばらく大事を取って入院したのちに、普段通りの生活を送れることになりました。しかし、その日々も長くは続かず、少年は再入院することになりました。転移が見つかったのです。「子どもが喉頭がんを発症するのはすごくレアなのに、そのうえ転移までしてしまった。ぼくは運がないね」と少年はそのときだけ少し悔しそうに話しました。「転移したガンの手術は今から一か月後に行うことになったから、手術期間中はお話しできないからね」少年はそう言って、話をしめました。少しの間、僕と少年は無言でしたが、ひとまずおやすみの挨拶をして会話を切り上げました。

 次の日、僕はいつもの時間にメッセージを送りましたが少年の返事はありませんでした。

To be こんてにゅらない......

NaN.

 流れ変わりすぎでしょ。なんでおふざけブログ記事がこんなことになってるの。一応この後の流れも妄想してたけど僕は寝ますよふははは。それでは良い夜を。